「グラン・カジノ」

グラン・カジノ
/ ポニーキャニオン

グラン・カジノ (1946)
GRAN CASINO
製作国:メキシコ
監督:ルイス・ブニュエル
原作:ミシェル・ヴェベール
脚本:マウリシオ・マグダレーノ、エドモンド・バニス
出演:リベルタ・ラマルケ、ホルヘ・ネグレテ、メルセデス・バルバ

<ストーリー紹介>
渡世人のヘラルド(ホルヘ・ネグレーテ)がタンピコという田舎町にやってきた。ここは石油採掘が盛んな土地、仕事にありつけると考えたからである。彼は運よくエンリケの会社に雇ってもらうことになった。
ところがこの会社、名前はナショナル石油というのだが、ナショナルなのは名前だけ、小さな小さな会社なのである。しかも、大手から目をつけられている。会社を売却しろと脅されているのだ。
頑として断っていたエンリケではあったが、ある日、このエンリケが失踪してしまう。
渡世人の出番がやってきた。

<感想>
ルイス・ブニュエルのメキシコ時代の作品。
主人公が巨悪に立ち向かうというのがメインのストーリーであるが、ガチガチのドラマではなく、歌のシーンも随所に入っていて、ほどよい娯楽作品に仕上がっている。
今回が2度目だが、やはり面白かった。

ブニュエルのインタビュー集(「ルイス・ブニュエル 公開禁止令」T・P・トレント/J・コリーナ 訳:岩崎 清 フィルム・アート社)によれば、この時期の彼は「映画の技術上の秘密に興味があった」らしく、いくつかの独創的な試みが見られる。
例えば、カーテンの陰に隠れている男を殴るシーンでは、割れるガラスのショットをオーバーラップさせたり(しかも、とどめの一撃だけ)、「ヒロインは暴力を正視できない女性である」ことを表現するのにカメラを上手くパンさせたり。

しかし、何よりも独創的なのは3人組であろう。(技術的なことではありませんが)

主人公が歌い出すと、どこからともなく3人組の男が現れてコーラスをつける。
それに気づいた彼は、歌いながら帽子を取って会釈をする。3人組も帽子を取って会釈を返す。
ただ、それだけ。主人公は何事もなかったかのように歌い続ける。
この箇所がやたら可笑しい。天丼おそるべし。

このシーンについて彼はこう語っている。
スターは二人とも歌手で、歌をところどころに入れなければならなかったのだ。歌を写すのは私にはとても退屈なことに思えた。それで私はレアリスム映画を作らず、論理の欠陥を強調し、単調さを破るために、私を喜ばせてくれるような部分を挿入しようと努力したのだ。(P.83)同書

歌のシーンは退屈だからその単調さを破るために意味不明の3人組を入れる、という発想が感動的である。
この映画を見る者は誰しも、監督に脱帽し会釈を送りたくなるであろう。
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by beertoma | 2005-01-19 01:10 | 映画


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