「フリッカー、あるいは映画の魔」

フリッカー、あるいは映画の魔〈上〉
セオドア ローザック Theodore Roszak 田中 靖 / 文芸春秋

フリッカー、あるいは映画の魔〈下〉
セオドア ローザック Theodore Roszak 田中 靖 / 文芸春秋

「このミステリーがすごい! 98年度」で海外部門のベスト1に選ばれた作品。文庫本で上下巻あわせて約1000ページの大作です。

ミステリーといっても、私立探偵や刑事、あるいは諜報機関等にお勤めの方々は登場しません。拳銃やナイフも出てきませんし、血が流れることもありません。じゃあどんな話なのか? 主人公のジョナサン・ゲイツが不思議な魔力を持った映画に出会う、それを撮った監督(マックス・キャッスル)に興味を抱く、彼の作品にどんどんのめり込んでしまう、わやくちゃになってしまう、というお話です。
ミステリーというよりは(ある映画ファンの)半生記といえましょう。

マックス・キャッスルは、1920年から40年にかけてドイツおよびハリウッドで活躍した映画監督。もちろん著者の創り出した架空の人物です。その作品に登場する俳優たちも架空の人々なのですが、それ以外の部分では現実の映画史が引用されています。例えばオーソン・ウエルズが登場して彼がいかに偉大な映画監督であったかを語る場面もあります。映画史に詳しい人ほどマックス・キャッスルが実在の人物に思えてしまう仕掛けになっています。

この小説の魅力の一つは、映画の持つ魔力を実感させてくれるところではないでしょうか。
静止画像を1秒間に24コマ映しているだけなのに、スクリーン上にもう一つの現実があるように感じてしまう。考えてみれば不思議なことです。コマとコマの間には、いったい何があるのだろうか。そういった思いにとらわれたのは私だけでないはず。


映画好きな人がミステリー的ミステリーではなく、非ミステリー的ミステリーだと思って読めば、大いに楽しめる作品ではないでしょうか。
(実を申せば、私はミステリー的ミステリーだと思って読んでいたため、途中で少し退屈してしまいました。ストーリーをもう少し短くしても面白さは減らないと思うのですが・・・。あと、一人称単数の代名詞を「ぼく」と訳したのも不満です。)
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by beertoma | 2005-04-28 05:56 | 読書


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