「東京暗黒街・竹の家」

東京暗黒街・竹の家 (1955)
HOUSE OF BAMBOO
監督:サミュエル・フラー
脚本:ハリー・クライナー、サミュエル・フラー
出演:ロバート・スタック、ロバート・ライアン、山口淑子、早川雪洲、キャメロン・ミッチェル、ハリー・ケリー・Jr

<内容紹介>
サミュエル・フラーへのインタビュー集 『映画は戦場だ!』(サミュエル・フラー著 吉村和明・北村陽子訳 筑摩書房)より引用。

「彼が『東京暗黒街・竹の家』の主題は何かと訊ねるので、数語で答えた。メロドラマ、アクション、日本に来たギャング。白人の男、日本人の女、男は女の心をつかむ。」(P.261)

「ただ、明らかなのは、私の興味は、ライアンの演じた登場人物の方にあった、ということだ。ギャングで殺し屋。初めある男に愛を注いでいる。ただそれだけ。もう一人の男がやってきて、こいつの方を前のやつよりも愛するようになる。それだけのことだ。単純至極なんだ。嫉妬の話だな。」(P.254,256)


<感想>
日本を舞台にしたフィルム・ノワールの傑作(といってもカラー作品ですが)。

この映画の見どころは、何といっても、アメリカ人の考えるエキゾチック・ジャパンがふんだんに見られるところでしょう。
例えば、キモーノ。日本で大々的にロケを敢行したのはいいのですが、街ゆく女性のほとんどが色鮮やかな着物姿です。正月かい!と言いたくなります。
例えば、タターミ。畳の部屋に椅子があったり、男たちがその中を靴で歩きまわったりしています。
例えば、チャイニーズ・キャラクター。さすがに日本ロケの部分にはヘンな使われ方はしていませんでしたが、スタジオで撮影した部分には無理矢理の漢字が出てきます。宝石店(ビルの一室にある)でのシーンでは、ドアの横に「廊下」という札がかけられていました。このドアは廊下に通じているという意味なのでしょうか。そんな情報いりません。そんなに漢字を出したければ、いっそのこと登場人物の顔に「←耳」「↓鼻」「↑口」「←目→」などと貼り付けてはいかが、と言いたくなります。
「アメリカで撮影していることがバレたらいかん。何とかしてエキゾチック感を」という作り手の強迫観念を楽しむのが正解なのでしょう。

そういえば、カターカナもおかしな使われ方をしていました。「孔雀セメント」という会社を襲うシーンがあります。敷地内にセメントのタンクが立っているのですが、そこには「コザク セメント」と書かれていました。新しい読み方作ってはいけません。と思っていたら、建物の入り口には「コジャク セメント」の文字が・・・。シニフィエ1つに対してシニフィアンが3つ結びついていました。

ガイジン・イントネーションの日本語もたっぷり楽しめます。警察署内のシーンでは、日系人の俳優を使ったためか、主人公たちが英語で会話しているうしろで、オカーシナ日本語がわんわん響いています。「オマーエ、コノショルーイ(この書類)ヲ、モッテイケ」「ハイ、ワカーリマシタ」だとか「ナニヲオッシャテルカ、ワカリマセンデスケド」だとか。

最初見た時はカルチャーショックを受けましたが、2回目以降は大いに楽しんで見ています。
ギャング映画でもあり、愛の映画でもあり、そして我々にとってはツッコミどころ満載のエキゾチック・ジャパン映画でもあるという、お得な一本です。
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by beertoma | 2005-05-18 05:47 | 映画


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