『文系のための数学教室』 小島 寛之

文系のための数学教室
小島 寛之 / 講談社

<対象>
数学アレルギーの人。数学に苦手意識を持っている人。

<目的>
最前線の数学をわかりやすく紹介することで数学に興味をもってもらう。

<各章の内容>
序章 棒グラフで微分積分読解術
 数式には眺め方がある。数学が苦手な人というのはその眺め方をわかっていない。式をそのまま見るのではなく、イメージに置き換えることが必要である。
 微分・積分の式をイメージに置き換える方法を紹介。

第1章 日常の論理と数学の論理
 日常の論理と数学の論理の違いはどこにあるのか。それは「ならば」のニュアンスの違いにある。日常論理の「AならばB」という文はAとBの間に因果関係を示唆するが、数理論理の「ならば」にはそのようなニュアンスはない。
 小泉総理のスローガン「構造改革なくして景気回復なし」を分析すれば日常論理と数理論理の違いが見えてくる。

第2章 「距離」を規制緩和する話
 「距離」の性質とは何だろう。
それは、d(A,B)=(線分ABの長さ) とした場合、d(A,B) + d(B,C) >= d(A,C) が成り立つことである。
では、この性質を満たすものを「距離」とみなせば、何が見えてくるだろうか。

第3章 民主主義を数学で考える
 「民主主義的な選択はどうやったって不可能だ」ということを数学的に証明してしまったアローの定理の紹介。

第4章 神の数学から世俗の数学へ
 神の存在証明に期待値という考え方を導入したパスカル。
そこから期待値つながりで、オプション取引で使われる「ブラック=ショールズの公式」。

終章 数学は<私>の中にある
 「数学には何の価値があるのか」とよく言われるが、これは「あなたには何の価値があるか」というのと同じくらい残酷な問いである。なぜなら数学は<私>であり、<あなた>であるから。
と始まり、数学が<私>であることが証明されていく。


<感想>
読みやすい。一気に読み終えた。

ただ、こういった本は1冊だけ面白く読んでも効果はない。ここを足がかりに何冊か読まないと、コップの水を砂漠に撒いたようなもので、すぐに何もなかったことになってしまう。

「この1冊で数学アレルギーがすっかり治った!」とバンザイしている自分を期待するのではなく、まず初めの一歩として気楽に読み始めるのに適した本ではないだろうか。


<メモ>
(日常の論理と数学の論理について)
・日常論理と数理論理の混乱は、「数理論理的に真である」ことを「正しい」と表現することにも原因があるのではないか。「正しい」を廃止すれば風通しがよくなるような気がする。

・日常の論理については、以下の説明の方がわかりやすい?

(略)一般に「AならばB」という主張は「AでないならBでない」という言明も同時に主張していることが多い。つまり「AならばB」が「AとBは同値である」、すなわち「AならばBであり、かつBならばAである」ことを意味している場合が少なくないのである。
(足立恒雄 『√2の不思議』 光文社 P.127)
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by beertoma | 2005-07-02 04:57 | 読書


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