本を読んでスタンディング・オベーションをしたくなるとき

『スポーツ批評宣言 あるいは運動の擁護』(蓮實 重彦)に以下のような記述がりました。

蓮實  黙って見に行って、とても人間とは思えない凄いプレーを見て気が狂いたいんですね、われわれは。映画にしたって、スポーツにしても。
渡部  小説もそうですよ。一瞬でもいいから、見たり読んだりした途端にもうこのまま人でなくなり、言葉を失ってその場でへたりこんでしまうような体験をしたいから、辛抱して現場に接しているわけですもの。
(P.216)

たしかにスポーツには、「おぉーっ!」と声をあげてしまうような一瞬があり、そういった場面に遭遇すると興奮して血が逆流しそうになります。

すぐに思い浮かぶのは、いつだったかの中国との親善試合で、中田が名波に出したスルーパスです。たしか、ペルージャに移籍した最初の年で、ヴェネツィアに行った名波ともどもこの試合のために呼び戻されたと記憶しています。
センターライン付近にいた中田がゴール前の名波に左足で出したパスは、そりゃもう見事なもので、中国のディフェンダーたちが次々と繰り出す足をあざ笑うかのようにすり抜けて、名波のもとへと届きました。(そのあと名波がミスをしてゴールには至りませんでしたが)


読書をしていてもそういう一瞬があります。「言葉を失ってその場でへたりこんでしまうような体験」とまではいきませんが、「おぉーっ!」と声をあげそうになったり、スタンディング・オベーションをしたくなったりします。「なるほどー。世の中のしくみはそういうことになっとるんですかー」とため息が出そうになることもあります。「目から鱗が落ちる」というのも、この系列に属する心の動きでしょう。


たとえば、『ハズレ馬券クリニック』(田端到著 光文社刊)という本に収録されている「五輪に学ぶ競馬観」というエッセイを読んだときもこの感覚に襲われました。引用してみます。

「その3。スピードスケートの清水宏保がインタビューで「35秒台と36秒台では、滑っていてどんな感覚の違いがあるのか」と聞かれて「うーん、感覚的なことはあまり言いたくありません。言葉にしてしまうと無意識下のものが意識下に置かれてしまう・・・・・・」と答えている(『ナンバー』より)。右脳でとらえている感覚を言語化すると左脳の領域になってしまうからそれは答えたくなくない、と。
これ、わかる気がするなあ。馬券のウンチクも同じ。たとえば「この血統にはこういう特徴がある」といった、感覚的につかんでいることを言語化してしまうと、たちまち自分の中でズレが生じてしまい、せっかくつかんでいたイメージが崩れてしまうことがよくある、って、そういう低次元の話と一緒にしちゃいけませんか、いけませんね、はい。」(P.105)

正確には、このエッセイではなくここで引用されている清水宏保の発言に「おぉーっ!」となってしまったのですが、この、「言葉にしてしまうと無意識下のものが意識下に置かれてしまう(から、言葉にしたくない)」という考え方は私にとって新鮮でした。映画や本の感想を書くときに、鑑賞時に感じていたことを思い出しそこから言葉をひねり出すという方法をとっていますので、無意識下のものを意識下にするのは完全に良いことだと思い込んでいたからです。
私とは意識であり、文章を書くのも意識である。よって、意識化は正義。意識化は良いことずくめ。そう信じて疑わなかった脳にとって心地よい衝撃でした。


ただ、この、「文章を書くのも意識」という考え方も、必ずしもそうでない場合があるということを最近知りました。

音楽評論家・中山康樹とその仲間たちの文章が発表されているサイト www.nkym.net : Read NKYM!(ナカヤマを読め)に掲載されている氏のエッセイ Read NKYM! : Nakayama Vol.25 にこういう箇所がありました。

新書1冊分の原稿(約300枚(12万字))を2週間弱で書き上げた、という内容に続いての部分です。

「それでもなんとか間に合ったのは、パソコンのおかげだ。手書きでは進行上、絶対に間に合わないし、そもそも肉体的にもたない。ただしそれでもキツかった。首から背中にかけて電流が走るような感覚がしばしば襲い、腰も痛くなってくる。それに一種のトランス状態に陥り、自分がなにを書いているのかわからなくなる。ただしそういうときでも書きつづけたほうがいいことを過去の体験から得た。翌日読み返してみると、不思議なことに辻褄が合っていたりする。ようするに考えて書いても考えずに書いても結果 はさして変わらないということか。」

ただ単に、氏が発作的な健忘症で、意識で書いたという事実をすぐに忘れてしまった、という可能性も捨て切れませんが、こういう境地もあるのだなあと感心した次第です。

(ある作業が意識的なものか無意識的なものかの判断を、記憶しているかどうかで下しているのが間違っているのかもしれませんが)
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by beertoma | 2005-09-08 04:56 | 読書


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