カテゴリ:音楽(JAZZ)( 17 )

Tommy Flanagan Trio - Star Crossed Lovers / Jump For Joy



Tommy Flanagan Trio の "Montreux 77" は愛聴盤の一つです。その中でも一番気に入っているのがこの "Star Crossed Lovers" から "Jump For Joy" へのメドレー。まさか映像が存在しているとは思いませんでした。

たしか、村上春樹の『国境の東、太陽の西』にジャズピアニストが "Star Crossed Lovers" を演奏するシーンが出てきたと記憶しています。この演奏を思い浮かべて書いたのではないでしょうか。

"Jump For Joy" は Ivy Anderson がエリントン・オーケストラをバックに歌うバージョンも、もちろん素晴らしいです。
[PR]
by beertoma | 2010-07-10 00:37 | 音楽(JAZZ)

レッド・ガーランド「オール・カインズ・オブ・ウェザー」

オール・カインズ・オブ・ウェザー
レッド・ガーランド ポール・チェンバース アート・テイラー / ビクターエンタテインメント

競走馬には、”脚の使いどころが難しい馬”というのがいます。群を抜いて速く走る能力を持っているのですが、それが永く続かない馬のことです。
ですから、その一瞬の脚をいつ使うのか、が騎手の腕の見せ所となります。早すぎれば他馬に差し返されますし、遅すぎれば届きません。「ここしかない」というタイミングを察知することが肝要です。

レッド・ガーランドのアルバムは、こういった馬(例えば、メテオバースト)に似ています。聴くタイミングに注意を要するのです。
彼の演奏は、心に染み入るブロック・コードで”ピアノの持つ自然な甘さ”を感じさせてくれる、とても心地のよいものです。一部のジャズファンにとっては必須栄養素であるともいえましょう。摂取しないわけにはいきません。
ところが、難点があります。心地よさが長続きしないのです。聴いているうちに感動が麻痺してきて「やっぱりこいつはカクテル・ピアニストや。もう勘弁」という気にさせられてしまいます。

禁断症状を起こすほど素晴らしい。しかし、すぐにお腹一杯になってしまう。これほどやっかいなものはありません。
自らの内なる声に耳を傾け、ここぞという一瞬を見極めて聴く。ダラダラと聴き続けない。数曲で切り上げる。
そんな、武豊のような芸当ができれば、レッド・ガーランドのピアノは生きる歓びを与えてくれることでしょう。
[PR]
by beertoma | 2005-03-09 22:45 | 音楽(JAZZ)

「ザ・スティーマー」

a0034898_4503960.jpgザ・スティーマー
スタン・ゲッツ(ts)
リロイ・ビネガー(b) ルー・レヴィ(p) スタン・リービー(ds)
/ ユニバーサルクラシック

この時期のゲッツは、かなりの割合で冴えに冴えていて、ほとんどのアドリブが「素晴らしい!」としか言いようのないものです。

特に "How About You" でのソロが絶品。
トランプ・ゲームの「神経衰弱」で、残り10枚を次々とペアにしていって終わらせた時のような快感を得ることができます。
「どうだ!参ったか!」と叫びたくなります。
聴きかた間違ってますか?
[PR]
by beertoma | 2004-11-25 01:20 | 音楽(JAZZ)

カーラ・ブレイ 「ライヴ!」

a0034898_2310856.jpgCarla Bley Live
Carla Bley / Ecm

たまに「分厚い音」が聴きたくなるときがある。
「分厚い音」とは曖昧な表現だが、複数の金管楽器から出た音が空気中にビッシリ詰まっているような、そんな感じのするサウンドのことである。
金管楽器から出たといっても、エリントンやベイシーのようなビッグバンドのサウンドではダメである。彼らの音楽はスウィングしすぎている。スウィングした音は、ゆらゆら揺れてどこかへ逃げていってしまう。
スィングせずに分厚く、その場にとどまるような音が聴きたい。

そういうときに打ってつけなのがこのアルバム。
1曲目の"Blunt Object"がまさにこの欲求を満たしてくれる。曲が始まった途端、分厚いやつがスピーカーから飛び出してきて、あとはその波にのみこまれてしまう。
おそらく録音の仕方がいいのだろうけれど、楽器から出た音を細大漏らさず収録しているような分厚さを感じる。(無水鍋で水を使わずに蒸したブロッコリーが栄養満点なのと同じ理屈)

ただし、今となってはよく思い出せませんが、この曲を聴いてしまったため、分厚い音に対する欲望が植えつけられたという気もします。つまり、カーラにニーズを開発されて、分厚い音に対する欲求を持つようになってしまったのかもしれません。
[PR]
by beertoma | 2004-11-11 23:22 | 音楽(JAZZ)

Friday Night at the Blackhawk

a0034898_4205093.jpg
某月某日

マイルスの "In Person Friday Night at the Blackhawk" を聴く。

テナーの音が少しこもり気味である。他の楽器の音がスピーカーから耳へと直線的に届くのに対し、サックスの音はドライアイスの煙のようにいったん床に降りてから届いているのではないか。そんな風に感じる。いや、そもそもこれは本当にテナー・サックスの音なのか? ピアニカかなんか、管を吹きながら鍵盤を操作する類の楽器じゃないのか? そんな気もチラッとする。

以前に「モブレーのソロを聴いていると息苦しくなってくる」と書いた。ピアニカ疑惑も消えない。
だが、ここに訂正させていただきたい。

もっと虚心坦懐に聴くべきであった。Blackhawk以降のマイルスを知ってしまっているから不満を感じるということに気づいたのである。50年代のいわゆるモダンジャズのアルバムを聴いてからだと、素直に楽しむことができる。
"FOUR & MORE" と比較するからいけないのだ。反省。

特に "All of You" などのスタンダード曲でのソロがいい。
[PR]
by beertoma | 2004-11-01 01:19 | 音楽(JAZZ)

スティーヴ・グロスマン

a0034898_4394094.jpg

Boucing with Mr. A.T. / Steve Grossman
Steve Grossman (ts), Art Taylor (ds), Tyler Mitchell(b)

1989年イタリアでのライブ。
スティーヴ・グロスマンは1970年に弱冠18才でマイルスのバンドに抜擢されたサックスプレーヤー。

ジャズは理屈ではない。ナンダカンダア~ダコ~ダいったところで、早い話、ただドバ~ッとやってくれればいいのだ。それを全身でドンと受けとめればいいのだ。
(「マイルスを聴け version6」中山康樹 P.188)

ここでのスティーヴ・グロスマンの演奏がまさしくドバ~ッである。ピアノレス・トリオで豪快に吹きまくっている。グロスマンはこうでなくっちゃ。
90年代始めに同じDREYFUSレーベルに吹き込まれたスタジオ録音の作品(バリー・ハリスのトリオとの "DO IT"、シダー・ウォルトン・トリオとの "A SMALL HOTEL" )と聴き比べてみると、グロスマンがいかにライブの人であるかがわかる。
彼は獣(けだもの)なのである。ライブではサバンナを駆け抜ける猛獣のように生き生きとしているのに、スタジオ録音では動物園に幽閉されているかのように大人しい。

スタジオ録音の作品を聴いているうちに

これはもう駝鳥ぢゃないぢゃないか。
人間よ、
もう止せ、こんなことは。


という高村光太郎の「ぼろぼろな駝鳥」の一節を思い出してしまった。

「誰でもいいからとにかく豪快に吹きまくっているやつを!」というときにうってつけのアルバム。
[PR]
by beertoma | 2004-10-31 01:38 | 音楽(JAZZ)

「数をこなして差異を蓄積する」

某月某日

「勝つための論文の書きかた」鹿島茂(文春新書)からの引用

どんな分野であれ、その道のベテランになると、わざわざ二つのものを比較しないうちに、一つ見ただけで、その独創性、あるいは陳腐さがわかります。すでに頭の中には比較すべき対象が蓄積されているからです。
(P.44)

この部分を読み返してみて、ふと気がついた。
私がエレクトリック・マイルスのすごさを実感できないのは、それ以外のジャズを真剣に聴いてこなかったからではないか。
マイルスの音楽そのものよりも、そこに至る前の段階で、何かミスをしてしまったのではないか。

つまり、音楽を真剣に聴く人でないと良さがわからない音楽。
[PR]
by beertoma | 2004-10-09 01:18 | 音楽(JAZZ)

ソニー・ロリンズ「ヴィレッジ・ヴァンガードの夜」

a0034898_1541876.jpg

人は孤独感や喪失感におそわれたとき、どういう音楽を聴くのだろうか。

村上春樹はこう書いている。(「ポートレイト・イン・ジャズ」和田誠 村上春樹著(新潮文庫)より)

 どんな人生にも「失われた一日」がある。「これを境に自分の中で何かが変わってしまうことだろう。そしてたぶん、もう二度ともとの自分には戻れないだろう」と心に感じる日のことだ。
 その日は、ずいぶん長く街を歩きまわっていた。一つの通りから次の通りへと、一つの時刻から次の時刻へと。よく知っているはずの街なのに、それは見覚えのない街みたいに見えた。
 (P.102)

彼はこのあと "FOUR & MORE" を聴く。
「それはまさに僕の求めていた音楽だった」

たしかに、このライブは感情移入を拒否するようなところがある。自分の感情に蓋をしたまま音楽に集中できるので、救われた気持ちになるのかもしれない。
しかし、私にいわせれば「ずいぶん長く街を歩きまわっていた」というのはよくない。そういった時に歩きまわる場所は、街ではなく、トランポリンの上にすべきである。
遊園地に行けば、大き目のトランポリンがあるはずだ。その上をやみくもに歩けばいい。
交互に出す足がカクンカクンする。それでも歩き続ける。やがて、口から声のような吐息のような「はふんはふん」という音が漏れてくる。こうなるとしめたものだ。はふんはふん。どんどん歩く。はふんはふん。横隔膜が振動しはじめ、徐々に笑顔が浮かんでくる。

だが、この日本という国はなんでこんなことになってしまったのか、大き目のトランポリンがなかなか見当たらない。
そこでソニー・ロリンズ「ヴィレッジヴァンガードの夜 VOL.1」の出番である。
聴くだけでトランポリン歩行の効果を与えてくれる。このロリンズのソロは横隔膜にくる。真剣に音を追っていると、はふんはふんしてくる。鼓膜で聴いているのか横隔膜で聴いているのかわからなくなってしまう。
これさえあれば、孤独な夜も恐くない(かもしれない)。

誠に僭越ではありますが、そして、ロリンズは他に数枚を聴いたのみで生意気ではございますが、インターネットの片隅でこう主張したいのです。「ロリンズは横隔膜で聴け!」と。

このアルバムの欠点は二つ。一つは、シンバルの音が割れていて聴き辛い箇所があること。もう一つは、一曲目が終わったあとのロリンズのMC。「サンキューサンキュー」のイントネーションが「CQ、CQ」に似ているため、アマチュア無線の電波が飛び込んできたのかと勘違いしてしまうことである。
だが、そんな欠点もまったく気にならないほど、素晴らしい演奏である。

はなはだ対処療法的ではあるが、落ち込んだときに横隔膜を刺激するアイテムとしてこのアルバムを推奨したい。
[PR]
by beertoma | 2004-10-07 15:12 | 音楽(JAZZ)

音楽を聴く、悩み楽しみ

もともとエレクトリック・マイルスは苦手だった。意味がわからん。ずっとそう思ってきた。
前回の文庫版「マイルスを聴け!2001」に扇動され洗脳され、エレクトリック時代の諸作品を聴きあさってみた。ところが、苦いものはやはり苦い。克服しようという意思も続かず、やがて聴かなくなってしまった。
今回、「マイルスを聴け!Version6」を読んでいるうちにまたまたノセられ、エレクトリック・マイルスを聴いているが、口当たりはあまりよくない。

聴いてみて気持ちよくなければ、縁がなかったものとして諦めればいいのに、なぜ執着するのか。
それは訓練すれば好みが変わると信じているからである。

例えば、タバコ。中学時代に見栄を張って吸ってみた。うまいわけがなく、気分が悪くなった。それでも見栄を張りつづけた。気がつくと離れられなくなっていた。(時効ですよね?)
例えば、JAZZ。ロックを聴いていたが、それでだけでは飽きたらず、見栄で聴いていた。最初のうちは、こんな音楽のどこがいいんだろうとしか思えなかったが、これまた気がつくと離れられなくなっていた。(未だに駄耳ですけど)
例えばウイスキー。この液体のどこにおいしさを感ずればいいのか。あんなもん、ビールに足してアルコール度を高めるためのサプリメントじゃん。ところがここ数年、あの香りに魅力を感るようになってしまった。(でもやっぱり、ビール派です)

こういった経験があるので、我慢して聴いていればその先にパラダイスがあるのではないか、という思いが消えない。

それに、著者の煽りかたも上手い。中山康樹の他の著作として「ディランを聴け!!」「これがビートルズだ」「ビーチ・ボーイズのすべて」など、同じ路線のものがあるが、それらが冷静なトーンで書かれているのに対して、ここには現在進行形の熱意がある。そんなにいいのならわかるまで聴いてやろうじゃないか、と熱意が伝染してしまった。


ただ、これは好みではなく、センスの問題かもしれないという不安もある。つまり、マイルスをわかるにはセンスが必要なんじゃないか。いくら聴きこんでもわからない奴にはわからないんじゃないか。

例えば、笑いのセンス。フットボールアワーの漫才のどこが面白いのか、説明してくれと言われてもできない。絶望的な気分になる。何で笑うかは人それぞれだ。それが学習して変化するとは思えない。
この比喩があてはまるとしたら、いくら聴いても無駄ぢゃないか。


そんな風に悩みながら聴くのも、音楽の楽しみかたの一つなのかもしれない。
と開き直って、もうちょっと聴き続けてみよう。
[PR]
by beertoma | 2004-10-06 02:36 | 音楽(JAZZ)

"Interpretaions"

a0034898_4154661.jpg


某月某日

「マイルスを聴け!」に刺激され、久しぶりに "Friday Night at the Blackhawk" を聴くが、ハンク・モブレーのソロのところで息苦しくなってきた。「この子はこんな子やない、やったらもっとできる筈や」という思いが強くなってきたので、Wynton Kelly featuring Hank Mobley "Interpretaions" に変更。

これは1967年のライブ。オフィシャルにしてはやや音質が悪い。ブートなら上出来。
ウィントン・ケリーの永久機関のようなソロがたまらない。この演奏には始めもなく終わりもなく、ケリーの弾く現在の音があるのみ。そんな気にさせられる。ひたすら気持ちのいいソロが続いていく。宇宙空間をすべっていく物体のよう。大リーグボール3号のよう。伴宙太がいくら逆立ちして腕を疲労させても打てっこない。

もちろん、モブレーもしっかり吹いている。いくら聴き込んでも息苦しくならない。
[PR]
by beertoma | 2004-10-05 04:16 | 音楽(JAZZ)