M1漫才師列伝・その1「麒麟」

(「列伝」は、本来は伝記のことで、以下の文章は単なる感想文ですから、タイトルとしては間違っていますが、ご容赦ください)

M-1グランプリ第1回(2001)の麒麟のネタは衝撃的であった。爆笑させられただけでなく「すごい」「やられた」と唸らされた。
観客の脳内エネルギーをあれほど見事にコントロールする漫才にはお目にかかったことがない。
(といっても、漫才番組を熱心に追いかけているわけではないので、これまでにも同じような構成をもつネタはあったのかもしれないが、言い切るのは気持ちのいいことなので、少々の間違いはあろうともお許しいただきたい)

前半は典型的な”面白くない漫才”であった。
面白くない漫才は見る者の気持ちを冷めさせる。それだけではない。笑わせてもらえるだろうという期待が裏切られることによって、怒りを生み出す。
ネタが進むにつれ、「なんだ、これは。これが決勝に出る漫才なのか」という思いが強くなっていった。脳内には負のエネルギーが充満していった。

ところが、折り返し地点のあたりで状況は一変した。

「漫才にも小説の要素を取り入れたら、もっとわかりやすくなると思うんですよ」
「漫才がわかりやすくなる?」
「そう」
「ほう。じゃ、やってみましょか」

どういうこと? と思うまもなく、彼らは再び同じネタを最初からやり始めたのである。

前半と異なったのは、途中で解説が入ることである。少しずつ再現しては「その時、私は~と考えていたのである」などと解説を付け加える。全く面白くなかったセリフやわざとらしく思えた動きも、ナレーションが加わることにより爆笑できるものへ変化していった。
つまり、前半が面白くなかったのはわざとやったことで、後半に爆発させるためのネタフリだったのである。

すごい。こんな構成があったなんて。「パルプ・フィクション」を初めて見たときのような畏敬の念を抱いた。よくもこんなネタを考えたものだ。
脳内に充満していたエネルギーの符号は、一瞬にして負から正へと変化した。鮮やかな化学反応のようであった。


ただ、第1回のネタが衝撃的すぎた分、2回目以降の出来には不満足である。
すごいネタを見せてくれるはずだという期待が大きいので、並みの出来では満足できない。えげつない鬼脚を見せた馬に、再び期待してしまうようなものなのかもしれない。

今年は準決勝で敗退ということらしく、非常に残念である。捲土重来を期待したい。
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by beertoma | 2004-12-14 23:58 | お笑い


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